「マヤちゃん!」
「桜小路くん! 黒沼先生!」
桜小路優と黒沼龍三だった。
「よぉ。」
黒沼が答える。
「また、一緒にやれるんだね。」
嬉しそうにマヤと喋る桜小路。
「うん。試演のこと、先生に聞いてびっくりしちゃった。黒沼先生、東京に戻ったら稽古よろしくお願いします。」
「素晴らしいところだなぁ。」
一本しかない梅の木を眺めて、黒沼がつぶやいた。
「小野寺先生!」
今度は亜弓が叫ぶ。あの、小野寺一の登場だ。傍らに、もう一人男を連れてきている。
「やぁ、亜弓くん。試演での君の相手役、赤目さんだ。」
「赤目先生にやっていただけるなんて、光栄です。」
赤目と紹介された男が、礼儀正しく挨拶する。
「こちらこそ、君との試演楽しみにしてるよ。」
「はい。」
さらに二人の男が登場する。
「これはこれは、理事長。」
小野寺が挨拶する。どうやら日本演劇協会の理事長のようだ。さらにその横には大都芸能副社長のあの男がいた。
真澄の姿に驚き、目を合わせることの出来ないマヤ。
「二人の紅天女と、二人の一真、それに二人の演出家。三組のライバルが揃ったということですな。」
「東京での試演も素晴らしいものになりそうですね。」
全員登場となったところで、源造が告げた。
「それでは、そろそろ始めさせていただきます。みなさん、お座りください。」
その影からは英介が覗いていた。
蛾がぶんぶん飛ぶ控え室で準備をする月影。
「紅天女、これが私の最後の舞台…。」
そこへ源造が入ってくる。
「先生、失礼いたします。そろそろお時間です。」
「源造、お願いしますよ。」
「はい、先生の最後の舞台。この源造、精一杯つとめさせていただきます。」
「ありがとう。」
その場を去る源造。しかし、堰を切ったかのように苦しみ出す月影。
「あぁっ! 一蓮…。あたしの魂の片割れ。今夜、私達は一体となる…。はぁはぁはぁ。これが、私の最後の紅天女。」
なんとか気を取り直した月影は面をつけ、舞台に望む。
ポン ポン ポン ポン ポン
源造がかもし出す鼓の音と共に月影が舞台へ登場する。
(紅天女…。)
マヤがうっとりとした目で眺める。
「誰じゃ、私を呼び覚ますものは誰じゃ。森のこだまか、夜の
(平和を願う御門から、天女像を彫れという命を受けた仏師一真は千年から成る梅の神木のある紅の谷で生き倒れたところを一人の乙女に助けられる その乙女こそが紅天女の化身、阿古夜!)
(阿古夜…?)
「あの日、初めて谷でおまえを見たときから、阿古夜にはすぐに分かったのじゃ。おまえがお婆の言う、もう一つの魂の片割れだと。年も姿も身分もなく、出会えば互いにひかれあい、もう半分の自分を求めてやまぬという。早く一つになりたくて、狂おしいほど相手の魂を乞うると。それが、恋じゃと。」
(これが…、阿古夜の恋…。)
マヤの心の中に、真澄の姿が浮かび上がる。
(天女像を彫るという指名を思い出した一真は、愛する阿古夜が梅の木の化身である紅天女とも知らずに、斧を手に紅の谷に向かったのだ。) 「あの男がやって参ります紅様、お力を!」
ポン ポン ポン ポン ポン
再び、舞台に紅天女の登場。しかし、付けている面の脇から赤いものが一筋たれているのを
マヤは発見した。
(あれは…、血?)
立っているのも、やっとの月影。
(一蓮…。私に力を…、最後の力を…。一蓮…。)
客席に振り返った、月影の面からは血が無くなっていた。
(えっ? さっきのあれは錯覚?)
「紅様、お力を!」
「まこと紅千年の命の花を今、開かん!」
まとっていた衣を投げる月影。そのまま、舞台袖に消える。
「幻か…。」
「そうかもしれん…。」
黒沼と小野寺がつぶやく。自分たちが今見ていた物は、幻だったのだ。そう言いたげな口調で。
相変わらず、蛾がぶんぶん飛ぶ控え室。やっとの思いで舞台を終えた月影が苦しそうにひざまづく。
「私の紅天女は終わる…。でも一蓮、もうすぐあなたの紅天女が甦る…。はぁ〜〜〜、一蓮。これでやっと、私はあなたの元に行ける…。」
そう言って、その場に倒れ込む月影。
そこへ、源造が控え室の外から月影に話しかける。観客の拍手に月影を答えさせる為だった。
「先生、ご挨拶を。」
返事がない。中の様子がおかしいと察知した源造は素早く控え室に入り込んだ。
「失礼します!」
そこには力つきた月影が横たわっていた。
「先生、先生!」
月影を抱き起こす源造。
「しっかりしてください。舞台はまだ、終わっていません。あの拍手を、拍手をお聞きください。」
客席の方からは、パチパチという拍手が止めどもなく続いていた。
(千草…。)
影から覗いていた英介も感涙にむせび泣く。
その拍手の音を聞き、月影が立ち上がった。今までの苦しみがウソのように。
「みなさま、本日は本当にありがとうございました。私が紅天女を演じますのはこれが最後でございます。紅天女の恋は、私の恋でございました。阿古夜のセリフは私の心の言葉となりました。恋とは相手の魂を乞うること。一蓮は私の魂の片割れでございました。」
(魂の片割れ…。)
心に引っかかるものを感じるマヤ。
「一蓮が行ってしまってからも、私の心の中で彼が死ぬことはありませんでした。今でも一蓮は私の心の中にいます。おそらく、私がこの世を去るまでは。紅天女は私の命でございました。この命を後に残しておきたいと思います。」
そう言い、月影は源造に命じてノミを持ってこさせた。
高く、そのノミを振り上げる月影。そして、今まで舞台の上で付けていた面にそのノミを振り下ろした。
「ご覧の通り、古い紅天女の面は割れてしまいました。マヤ、亜弓さん。」
舞台の近くまで、マヤと亜弓を呼びつける月影。
「はい。」
「これからは、あなた方が新しい紅天女の仮面を付けていくのです。亜弓さん、あなたはあなたの仮面を。」
「はい。」
「マヤ、あなたはあなたの仮面を。」
「はい。」
「あなた方の新しい紅天女の仮面を楽しみにしています。」
(紅天女…、もう一つの私の仮面。)
(もう一つの私の仮面、紅天女…。)
二人の中で、激しい炎が舞い上がった。
梅の谷で月影に手渡された割れた面を見ながら小川の縁で物思いに耽るマヤ。
月影の言った言葉が思い浮かぶ。
(恋とは相手の魂を乞うるもの、一蓮は私の魂の片割れでございました。)
ふと見上げると、小川の向こう岸に真澄の姿があった。
「速水さん…!」
思わず声の出てしまうマヤ。
「マヤ…。」
速水もそれに気づく。
立ち上がるマヤ。
しばらく、小川を挟んで見つめ合う二人。
やがて二人は小川の中を歩き、ちょうど川の中央の場面で向かい合った。
「速水さん…。」
「マヤ…。」
真澄がマヤの肩に手をかける。じっとしているマヤ。「ANNニュース速報 終」の字をバックに真澄がマヤの唇を自らの唇で覆う。スーパーが消えると同時に、唇をマヤからはなす真澄。マヤの目を見つめ、そして抱きしめる。と、その瞬間…。
マヤと真澄の体、お互いがすり抜けていった。
「君の紅天女、楽しみにしてるよ。」
(BGM・「Calling」)
そう言って去っていく真澄。
「なんだったんだろう、今のは。確かに速水さんの暖かさを感じたのに。速水さん…。あたしの魂の片割れ…?」
一方、川を離れた真澄は別の箇所で葉っぱをちぎりながら妄想にふける。
その夜、月影が寝床でマヤから薬を手渡してもらう。
それを飲み干す月影。
「あの…。」
マヤが白い着物を着た月影にたずねる。
やさしく聞き返す月影。それを誤魔化すかのように、マヤが笑いながら答える。
「いえ、そんなんじゃなくて…。」
社長室に戻ってきた真澄。
「お疲れさまでした。」
軽く会釈をする真澄。
「月影先生の紅天女はいかがでしたか。」
上着を脱ぎながら真澄が答える。
「一生、心に残るだろう。」
そう言い、脱いだ上着を水城に手渡す。
「神秘的な…、美しい幻の谷…。」
かっと目を見開く真澄。
「幻…!」
(会いたい…。速水さんに会いたい…。)
梅の谷を去るマヤ。しかし、思いは真澄のことで一杯になっている。マヤの頭の中に、月影が言った言葉が浮かび上がる。
(勇気を出して、一歩踏み出すこと。自分の運命を開くのは、自分だけです。)
思い詰めたかのように、目を見開くマヤ。
(あたし、速水さんに会おう。)
おもわず駆け足になるマヤ。
(そして速水さんに、伝えるのよ。私の気持ちを、私の気持ち。)
「もし、出会ったのなら勇気を出して一歩踏み出すこと。自分の運命を開くのは自分だけです。」
「先生…。」
モンチッチか、はたまた佐良直美かといった趣になってしまった、水城秘書がいつものように明るく迎えてくれる。
「素晴らしかったよ。」
そしておもむろに窓の方を向き、つぶやく。
小川の真ん中でマヤにキスをした時のこと。いや、幻だったかもしれない。現実だったのかもしれない。その時のことが真澄の頭をよぎる。
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