1999.10. 2作成
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「どうして…?」
「どうしたんだ、こんな雨の中。」
自分が着ているコートの中に無理矢理マヤを押し込む真澄。
「どこかで雨宿りしよう。」
(あたしを守ってくれている…。紫のバラの人…。)
社務所のはず…なんだけど、物置小屋にしか見えない部屋の中のストーブに薪をくべる真澄。
(ずっと昔から、アタシを影で励まし続けてくれた紫のバラの人…。)
震えているマヤに真澄が、背中を向けたまま言葉を発する。
「濡れたものを着ていると暖まらないぞ。脱いで乾かした方がいい、俺はこっちを向いている。恥ずかしければ、そこのコートでも羽織ってろ。」
コートを持って、服を脱ごうとするマヤ。
(どうして、どうして気づかなかったんだろう。その言葉も振る舞いもみんなあたしのためのものだったのに。)
≪回想シーン≫
「おれから奪ってみろ、さぁ来いジェーン。さぁ、どうした狼少女! エサが欲しければ取ってみろ!」
「このままでは、真夏の夜の夢は失敗だ。」
「どういうこと?」
「客の入らない舞台など、なにも価値はない。観客のいない舞台か、見物だ。」
(みんなあなたの優しさだったのに。わたし、わたし。あなたが、あなたが。)
回想シーンの間に着替え終わり、ダブダブのコートを着たマヤ。
「ひどい降りだな、当分やみそうにない。どうやら俺達は、紅天女の聖地に閉じこめられたようだな。いつか、君の紅天女が見てみたい物だ。」
手をマヤの頬に添える真澄。その手に、マヤの涙がつたう。
「しおりさんと結婚しろ、それがおまえの仕事だ。」
真澄の心の中に、英介の言葉が響く。
「薪も終わりか、探してこよう。大事な商品に風邪でもひかれちゃ、大変だものな。」
「商品? 商品だから、あたしを大事にしてくれるんですか?」
「他にどんな理由がお望みだ、おチビちゃん。君は将来性のある金の卵だ。だれでも価値のある間は大事にされる。遠慮は無用だ。」
そう言って、物置小屋を出ていこうとする真澄。しかし、マヤが思い詰めたように叫ぶ。
(BGM・「Calling」)
「じゃぁ、遠慮しません。行かないで! アタシを暖めてください。手も足も冷えて、背中がぞくぞくします。だから、だからアタシを暖めてください。」
「マヤ…。」
「あたしは、金の卵かもしれないんでしょ。だったら、わがままを訊いてください。」
「本気で言ってるのか。」
「はい。」
「いいだろ、おいで…。」
そういって手を取る真澄。
「俺も男だ、責任がとれなくなるかもしれないぞ。」
「かまいません。」
わらの上に、どさっと抱き合って横たわる二人。
「マヤ…。」
みつめあう二人。おもわずキスをしそうになってしまう真澄。しかし、気を取り直してつぶやく。
「チビちゃん、眠れ。おれの気が変わらない内に。」
(BGM終了)
「今夜は君も俺もどうかしている。目が覚めれば、みんな夢だ。」
「速水さん…。」
「眠れ…。」
朝、コートを羽織って寝ていたマヤが目覚める。横にいたはずの真澄はいなくなっていた。
「速水さん…!」
「俺の恋は…、ここで終わりだ!」
そう独り言を言いながら真澄は一人、宿への道を急いでいた。
「次の課題は水、舞台はここです。」
「水の演技…。」
「この滝の前で…。」
「水か、水っていったいなんだろう?」
「もう、こんなに汚してしもうて。龍神さん怒るで。」
物思いに耽るマヤの脇で、川の掃除をしている老婆が嘆いていた。
「あの、龍神さんって?」
「水の神さんや。」
「水の神様?」
「龍神さん、怒らしたら恐いんやでぇ。川も池も滝も、全部の水を治めてるのが龍神さんなんや。怒らしてしもうて、流された村もあるっちゅうことじゃ。」
「水の力を司るもの…、龍神…。」
一方、川辺でなぜか水槽に入った鯉を見つめる亜弓。
「水から離れては生きていけないもの。人間は、赤ん坊は母親の愛がなければ生きていけない。水、命をつなぐもの、愛もまた水。」
その時、水槽に入っていた鯉が、跳ねて外に出てしまう。
「愛ゆえに、水からあがった魚。その愛を失ったとき、水の泡になる運命を持った人魚姫。これだわ。私の水、人魚姫。」
「龍神…、水の心…。」
相変わらず物思いに耽るマヤのすぐ横に、測道を通る車の窓から空き缶が投げられる。
「こりゃぁ、龍神さんの罰当たるでぇ!」
老婆が怒る。しかし、そんな横でもマヤは冷静。
「汚された水。龍神の嘆き。怒り、龍神の怒り。出来る。出来るわ、私の水…。」
「水の演技をやってもらいます。」
亜弓が水の中に入っていく。
(人魚姫…!)
マヤが心の中で叫ぶ。
「もし、あのかたが他の人を愛されたら、私は泡となって消えていく。勇気を出すのよ。この薬さえ飲めば、人間になれる。待っていてください、王子様。」
薬を飲む亜弓、その後激しく苦しみ水の中に落ちる。
「人魚姫が苦しんでる!」
「人魚姫、溺れてしもたんか?」
演技を見ていた村の子供達がつぶやく。
(人魚姫だから、陸に上がって息をするのが苦しいんだ…。)
苦しみながらも陸の上に立ち、手を伸ばしてポーズをとる亜弓。
「たてた!」
「やったやった!」
喜ぶ子供達。
「それまで!」
月影の声が響く。
「人魚姫、美しい水の演技でしたよ。」
「本当に素敵だったわ、亜弓さん。」
「さぁ、マヤ。次はアナタの番ですよ。」
月影に促され、水の中を進むマヤ。その途中で、思わずこけてしまう。観客達の中から苦笑が漏れる。
マヤはその声に振り返るかのようにして、元気に叫ぶ。
「北島マヤ、水の演技やります!」
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