「そろそろ、舞台が始まる時間よ。」
モンチッチ水城が、真澄のそばについているマヤに告げた。
阿古夜の恋を演じる時間が迫っていたのだ。
しかし、マヤはその場を動こうとしない。
「阿古夜の恋を演じなければ、紅天女は演れないのよ。」
モンチッチ水城がさとすように、マヤに告げる。
「速水さんと一緒にここにいる…。母さんも、お兄ちゃんも、死んだとき、あたし何もできなかった。二人とも、あっという間に行っちゃった…。」
マヤの頭に、二人の死に際の姿がよぎる。
「速水さんは死なせない、あたしが死なせない。連れて行かれそうになったら、私が引き戻してあげる。速水さん…。紫のバラの人…。」
マヤの頬を涙がつたう。
「でも、誰よりも紅天女をあなたに演じてもらいたいと思っていたのは、この人よ。紫のバラの人として、あなたの初めての舞台からバラを送り続けてきた、この人なのよ。」
モンチッチ水城の言葉に胸が痛むマヤ。思わず、真澄の手を見つめる。と、何かが真澄の手に握られているのを見つける。
紫のバラの花びらだった。紫織に刺される前に持っていた花束にあったものだった。
その花びらを握りしめ、マヤは立ち上がった。
「速水さん、あたし行ってきます。いつかあなたに、紅天女を見てもらうために。」
目をつぶったままの真澄にそう告げ、部屋を出ていった。
その直後、一人の男が病室に入ってきた。
「会長…!」
速水英介だった。
「親子揃って、紅天女という幻に恋するとはのう…。」
バタバタと走って控え室に入り込むマヤ。
「遅くなりました!」
「マヤちゃん…!」
桜小路達が、既に着替えて待ちかまえていた。
黒沼がやさしく、しかし強い口調で迎える。
「すぐに着替えろ…!」
「ハイ!」
「亜弓くん…、いいかね?」
小野寺が亜弓にたずねた。
「はい…。」
答える亜弓。傍らの歌子が、すばやく亜弓のつけていたギブスを隠す。気づかれないようにするためだった。
「私はここで見ているから。」
歌子の優しい言葉にうなづく亜弓。いよいよ、「阿古夜の恋」の始まりだ。
「あの日、谷でおまえを初めて見たとき、阿古夜にはすぐに分かった。おまえがお婆の言う、もう一人の魂の片割れだと。」
「魂の…、片割れ?」
「年も姿も身分もなく、出会えば互いにひかれ合う。もう半分の自分を求めてやまぬという。早く一つになりたい、狂おしいほど相手の魂を乞うるという。それが恋じゃと。」
亜弓のセリフを聞きながら、真澄のことが頭に浮かぶマヤ。
舞台の袖では、歌子が見守っている。
「もう、離れぬ。たとえ、この身が二つに別れていても、これからは一つになって、共に生きようぞ。」
「うれしい…、おまえ様。」
「いとしい…、阿古夜。」
「今まで私を普通の娘と同じように扱こうてくれる者はおらなんだ。おまえ様と出会って、初めて自分が人間の娘と感じることが出来たんじゃ。おまえ様が初めてじゃ。」
「阿古夜…。」
亜弓の肩に手をかける赤目。
しかし、亜弓はその手を戻させる。
立ち上がる場面だった。
グキキッ!
亜弓の足に激痛が走った。
苦痛に顔がゆがむ。
歌子が心配する。
客席で見守っている審査員達にも緊張が走る。
「足…、足を怪我してるんですね?」
亜弓の様子を見て、おかしく思ったマヤが歌子に聞いた。
「ひびが入ってるの。」
「ひび…?」
「もしかしたら、あの子。歩けなくなるかもしれない。」
「そんな…!」
ずいぶん長い間、しゃがんでいたようにも見えた亜弓だったが、決心したかのように立ち上がった。怪我しているとは感じさせない、すっくとした立ち上がり方だった。
客席の方を向き、にっこりと微笑む。
「あの子はこの舞台に、女優生命をかけてるの。」
歌子の言葉がマヤの胸に響く。
そして、亜弓は一真、つまり赤目のことを本当に好きだという表情で語る。
「おまえ様が、好きじゃ。」
舞台が暗転。
「聞こえぬ…。風の心も、竜の声も、水の思いも、大地のささやきも。」
舞台に倒れ込む亜弓。
「何もわからぬ。木も、草も、何も語りかけて来ん。」
また、すばやく立ち上がる。
「心が、心が、聞こえぬのじゃ。」
亜弓達の舞台が終わった。
袖に引っ込むなり、倒れ込んでしまう亜弓。
「亜弓さん…!」
「亜弓!」
マヤと歌子が心配そうに駆け寄る。
「次はあなたよ。手を抜いたりしたら、あたしが許さない!」
亜弓がかっと、マヤの事をにらんだ。
真澄が眠る病室。
ベッドの横には、紫織が来ていた。
「真澄さん。やはり私は、あなたの魂の片割れにはなれないのね。」
紫のバラの花びらを手に舞台に挑もうとするマヤ。
その様子を月影が見守る。
「あなたの恋は、舞台の上にあります。ただ一人のために演じなさい。あなたの魂の片割れのために。」
真澄の言葉がマヤの中に浮かぶ。
「君の阿古夜が。紅天女が見えるよ、マヤ…。虹の世界で、君が輝いている…。」
(見てて下さい、速水さん。)
月影がマヤの目の前に手をかざした。
「さぁ、マヤ。仮面をかぶるのよ。あなたは…。」
「阿古夜…!」
「おまえ様と出会って、自分が初めて人間の娘と感じることが出来たのじゃ。おまえ様が初めてじゃ。」
「阿古夜…!」
桜小路の方を見つめ、うっとりとした目つきでマヤが喋る。
「おまえ様が、好きじゃ。」
抱きしめる桜小路。
「聞こえぬ…。風の心も、竜の声も、水の思いも、大地のささやきも、何も分からぬ。木も草も何も語りかけては来ぬ。心が、心が聞こえぬのじゃ。」
「怪しい奴! 引っ捕らえろ!!」
突然、舞台の上に怒号が響いた。
阿古夜と一真を引き離そうとする役人達だった。
「おまえ様!」
「阿古夜!」
大勢の男達に取り押さえられ、たちまち引き離されてしまったマヤと桜小路。
「阿古夜、そなたの為じゃ。」
「とっとと、この村を出ていき! おまえは疫病神じゃ!!」
そう、桜小路に告げるお婆。
マヤがあわててお婆に哀願する。
「お婆…! 助けて! 私の愛しい人を連れていかないで! 私をひとりぼっちにしないで!」
(ひとりぼっちにしないで!)
自分が言った言葉に、自分と真澄のことがだぶってしまうマヤ。
その時、マヤの中で仮面が壊れた。
「壊れた…!」
舞台袖で見ていた月影もすぐにマヤの異常に気づいた。
(仮面が壊れた…)
黒沼と亜弓も心配そうに眺める。
「北島〜。」
(どうしよう、仮面がかぶれない。阿古夜の仮面が…、かぶれない…!)
舞台の上で呆然とするマヤ。
「マヤ…、マヤ!」
声が聞こえた。
真澄の声だった。
いつもように背広を着ている、あの真澄だった。
舞台の上に上がってきた。
マヤの方に向かってくる。
どうして…? 今は舞台中なのに…?
そんなマヤの思いをよそに、真澄は話しかけてきた。
「さあ、マヤ。阿古夜の仮面をかぶるんだ。」
真澄が確かにうなづいた。それを見て、マヤも小さくうなづく。
(私は、私は、阿古夜!)
「おまえ様、これだけは覚えていて下さい。」
マヤの演技が始まった。
「たとえひき離されようとも、お互いの身が滅びようとも、魂は一つ。おまえ様と私は一つ。」
「阿古夜…。」
桜小路が答える。
「おまえ様は、私の魂の片割れ。私はいつでも、おまえ様の中にいます!」
マヤ達の舞台が終わった。
審査員席から拍手が沸く。舞台の袖からも、そして今まで舞台の上で一緒に演技をしていた役者達からも拍手の音がひびいた。
(マヤ、よくがんばりましたね。)
心の中でマヤをねぎらう月影。
満身の笑みを浮かべるマヤ。ふと反対側の舞台袖の方に顔を向ける。そこには、さっき自分を応援してくれた真澄がいた。他の人たちと同じように拍手をしている真澄がいた。
「すばらしい阿古夜だったよ、マヤ。君は虹の世界で、輝いていた。」
そうマヤに告げると、真澄の姿は舞台袖からすーっと消えていった。
はっとするマヤ。
「速水さん…?」
マヤは思わず、舞台の上から走り去っていた。
そして、そのままの格好で真澄のいる病室に戻って来ていた。
真澄は相変わらず、酸素吸入マスクをかぶって寝たままだ。
マヤの姿に真澄を見守っていたモンチッチ水城も驚くが、すぐに気を取り直してマヤに告げた。
「峠は越したわ…。」
モンチッチ水城の言葉に、ほっとするマヤ。
「でも…。」
紅梅村に戻っていた月影と源造。梅の谷では、風に梅の花びらが舞っていた。
「速水さんは、まだ眠ったままだそうです。」
車椅子に座った月影に膝掛けをかけながら源造が告げた。
「このまま、目覚めることはないでしょう…。」
「そう…。」
(BGM・「Calling」)
月影が、そっとうなづく。
「それから亜弓さんですが、手術も成功し、奇跡的な回復力で、稽古がリハビリだとはげんでるそうです。」
「そうですか。」
「誰じゃ、私を呼び覚ます者は誰じゃ。」
「誰じゃ、私を呼び覚ます者は誰じゃ。森のこだまが、夜の静寂か。これは血の匂い。」
「わからぬ、人は何故争うのか。血を流し、滅ぼし合うのか。」
「人の世は人が決めるのが定め。栄えるのも滅びるのも、人間次第。」
稽古に励むマヤと亜弓の姿があった。
「あの子達の、紅天女を見たい。」
「見られますとも。」
梅の谷で月影と源造が待つ。マヤと亜弓、二人がもっともっと育つのを待っている。
「ひとかけらの希望でも、私は奇跡を信じる。」
「先生…。」
「マヤ…。源造、あの子は舞台で光を見ていた。」
「光…、ですか。」
「魂の片割れを感じていた。私が一蓮を感じたように、あの子もまた。愛する人と、魂の片割れとあの舞台にいたのです。
(BGM終了)
「速水さん、見ててくれてありがとう。」
真澄のいる病室にマヤは来ていた。
窓辺には紫のバラが一輪、飾られていた。
酸素吸入マスクは外されているものの、真澄はまだ寝たままだ。
真澄は静かに目を閉じている。
明るい、晴れ晴れとした顔でマヤが続ける。
「ね? どんな夢見てるの? あたしの紅天女かな? あたし、あなたにきっと、虹の世界で輝く、あたしの紅天女を見せてあげる!」
静かに眠る真澄。
その真澄の唇に、そっとマヤが自分の唇を重ねる。
「うぅわぁ〜。」
喜ぶマヤ、でもそれ以上は口には出さない。
そっとそのまま、真澄の大きな手を握りしめた。
≪エンディング≫
バンザイをする安達祐実、安達祐実に花束を渡す田辺誠一(Tシャツ&ジーパン姿!)、田辺に花束を渡す安達、涙ぐむ中村愛美、手を振る野際陽子、おじぎをする安達の姿が流れる。
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